沿革・基本理念

TOPヘージ >沿革・基本理念

小松診療所

一般財団法人小松診療所 開設者小高秀夫のことば

「悠々として急げ」

小高

戦後間もなく、ひとびとの栄養状態が極めて悪い時代、ここ銀座でも結核が蔓延しておりました。深刻化する社会問題を解決するため、結核の早期発見・予防が急務と考え、予防医療をはじめました。
結核だけでなく、あらゆる病気と対峙するには、治療はもちろんのこと、予防医療が重要だという考えのもと小松診療所は開設されたのです。
以来、過酷な労働条件をもいとわず、企業や商店で働く方々のために、健康診断・健康管理・保険診療に全力を注いできました。
銀座小松診療所は、これからさき、何年たっても社会のニーズにいち早く対応し、一方で、激しく変化する周囲の喧騒には惑わされず、いつの時代も働く人びとの健康を見守り続け、医療に真摯に向き合い、社会や時代との調和を大切にいつまでも成長し続けます。


沿 革

昭和22年
前理事長小高秀夫が銀座6丁目に財団法人小松診療所を開設。
前理事長小高秀夫が、銀座に蔓延する結核の早期発見・予防を目的として、予防医療を中心とした診療所を開設しました。
昭和38年
財団法人小松第二診療所を開設。
増える社会のニーズに対応するために、第二診療所を開設しました。この頃、銀座四丁目の交差点に三愛ドリームセンターが新名所として誕生するなど、まさに高度経済成長の真っただ中、小松診療所も成長を続けます。
昭和41年
人間ドックを開始。
当時、まだ「人間ドック」という言葉が珍しい時代に、開始しました。思い起こせば、先がけ的存在だったのではないでしょうか。学会で発表すると「病人をつくるのかね。」と批判にさらされることもありましたが、まさに予防や健康増進を志し、プライマリーケア医療の礎を築いた時期でもありました。
昭和46年
多項目健康診断開始。
高度経済成長とともに、国民生活が豊かになった昭和40年代に入ると、栄養過多、運動不足による生活習慣病が急増しました。時代の変化にともない、小松診療所では、いち早く多項目健康診断を開始しました。
昭和51年
精神神経科を小松第二診療所内に開設。
また、この急速な時代の変化は、働く方々のメンタル面にも大きな影響を与えていきました。身体とともに、メンタル面についてもケアすることが今後は重要と受けとめ、精神神経科を開設しました。テクノストレスや複雑な人間関係,高度成長する経済状況・職場環境が人々に及ぼす影響を予見しながらの増設でした。
平成18年
現理事長小高壽代が就任。
物質的に豊かになり、その後経済の低成長が続き、社会の仕組みがより多様化するにともない、働く方々の健康状態も様々となりました。労使の関係や働き方にも変化が生じ、健康そのものの定義も多様化してきた時代に、長い間産業医活動に従事してきた小高壽代が理事長に就任しました。常に時代を先駆けて医療に携わるという先駆者の精神と古き良きを大切にする先代の「悠々として急げ」の言葉を胸に小松診療所は新たな局面をむかえました。
平成21年
第二診療所を閉鎖、メンタルクリニックを移設。
縮小均衡へと向かう経済状況の下、第二診療所を閉鎖しました。引き続き社会的ニーズの高いメンタルクリニックを第二診療所から移設し、さらなる合理化を追求しました。